2026/09/10
「ザイム真理教」(森永卓郎 著)を読んで
この本は、日本人が全員、一度は読むべき本です。内容もさることながら、この本は著者である森永卓郎さんがそれこそ命を賭して書かれたと言っても過言ではない本です。その必死の想いに応えるためにも、ただ本を読んで知るだけで良いので、一度手に取って読むことをお勧めします。買うことができなければ、図書館にも置いています。私も今回、たまたま図書館で目に留まり、借りて読んでみました。
森永卓郎さん、ちょっと変わったオタクな人、のイメージがありますが、その経歴たるやそうそう真似できないものですし、その経歴を持っていながらも高飛車な性格になることもなく、常に親しみやすい朗らかな笑顔で話していたような印象が残っています。ご自身の優秀な経歴を、非常に“正しく”使われたのではないかなと、個人的にはそう感じています。
こちらの本のタイトル『ザイム真理教』というのも、この森永さんだからこそのタイトルであり、森永さんだから許されるタイトルであるような気がします。他の誰もが、このタイトルをつけられないだろうし、つける勇気もないだろうし、つけたことによるトンチめいた柔らかみも出せないと思います。やはり一冊の本というのは、その内容だけではなく、書いた方の人柄も合わさって、一体となったものなのだなぁと今回改めて感じました。
森永さんは当然のように(?)東大卒で、当時の大蔵省(現:財務省)に勤めていた経歴を持ち、大蔵省の内部をよく知っている方です。こちらの本にも、森永さんだから知る大蔵省内部の出来事が色々と書かれていて、その点でも興味深い本となっています。
前から財務省の在り方に疑問を感じ、問題を提起していたにもかかわらず、メディアからは総スカン状態で、どこも取り扱ってくれなかったのだと。今回のこの『ザイム真理教』という本も、書きあげて出版社へ持ち込んだようですが、ほとんどに断られ、どうにか一社だけ受けてくれたために、どうにかこうして出版にまで漕ぎつけることができたようです。有名人でもある森永さんの著書の出版を断るって……それだけで奇妙な力が働いていることの証拠になりますね。普通に考えれば、著名人の著書なんて、出版社としては喜んで出版して利益を出したいだろうに、それを断るというのは……おかしいですよね。
今、ようやく消費税減税の方向へと国が動いています。この動きの土台の一つとなったのも、この『ザイム真理教』の本であることは間違いないでしょう。今や、アマゾンのレビューを見ても、かなりの数のレビューが上がっているようです。読めば知ることができる。知るか知らないか、それだけで世界の見方はがらりと変わります。今までどれほど狭い世界を見ていたのかと、自身がいかに井の中の蛙だったのかを知ることができます。非常に有意義な本であるとも言えるでしょう。
本のタイトルである『ザイム真理教』という、明らかにあの団体を意識したタイトルは、それだけでもかなりキャッチーなものです。しかしこれはただ単にキャッチーなものというわけではなく、その内容があまりにも現実と合致しているために、決してキャッチ―なだけではないことを本の内容に知ることができます。本当に『ザイム真理教』という環境が、状況があるということなんですよね。これは森永さんが現実に体験されたことを元に書かれているので、何も誇張でも脚色でもなく、単にありのままを告白したに過ぎないという、それだけなのに外にいる私たちから見れば異様なものに感じられるという、その圧倒的な感覚の差を本の中に見ることができます。
寧ろ、今ではザイムの方々の方が井の中の蛙なのでは……そうとさえ思ってしまいます。
とにかく、消費税というものがいかに悪者なのか。とりあえず、消費税は社会保障の財源であるという嘘を認めることから始めた方がよいと思います。私には一人子供がいますが、子供の通う学校にもわざわざ国税庁から人が来て、「税について」というような講義が行われたことがあるようです。子供が帰って来てからその資料を見せてもらい、ああ、こうして子供たちを教育して洗脳していっているのねと、あちら側のお仕事の一部を見せてもらったような気がしました。私の子供は既に税が財源ではないことを知っているので、恐らく「ふーん」みたいな感じで話を聞いていたものと思われますが、多くの子供たちは素直に話を聞き、あちら側から提示される「税」という認識を深めているのかと思うと、本当に教育というのは人を育てる、乃至は国を育てるのに重要なものなのだと痛感します。
税は財源ではない。財源は国債である。その証拠に、スペンディングファーストで国の経済は動いている。
考えてみたら当然なんですよ。税が財源だなどと言うのなら、一番初め、本当に一番初めにどうやってお金が発生したのか? 誰かがお金を“生み出さないと”、この世にお金はないはず。税が財源という言い方は、税が初めと言っているようなもので、それ自体がありえないことなんですよね。今現在、循環しているお金を考えるのではなく、このお金の一番初めを考えれば……あれ? このお金ってどうやって生まれたの? という疑問が普通に浮かんで来る。
お金を生み出すためには、国が国債を発行すれば、それでお金は生まれます。お金の始まりは、ココです。そして、日本は自国建て通貨であるために、考えなしに無制限にとはいきませんが、それでもある程度自由に国債を発行することができます。国民から税金を搾り取って搾り取って財源に回す、なんてことはしなくてよいはずなんですよね、本来は。一度、その事実を知ってしまうと、今や五公五民だなんておかしな比率で持っていかれる税や社会保険料などに対して、沸々と怒りしか沸いてこないということになります。
税の役割は、ビルトインスタビライザー。横文字はよく分からない? 私もそうです。なので、日本語で言えば、自動安定化装置。あくまでも、自動安定化装置でなければならないというわけですね、税というのは。これが国民に重くのしかかるような状態では、自動安定化装置だなんて言えないでしょう。ちょうどよいバランスを探らなければならないはずなんです。そもそも、財源じゃないんだから。←これが何よりも重要な真実。
森永さんのこちらの著書でも、日本が諸外国に比べて重税国家であることに言及されています。よくメディアでは、諸外国に比べれば日本の消費税は低く抑えられているなんて言われたりしますが、それもまたあまりにも断片的な情報というもので、誰が“消費税だけ”の話をしているんだと突っ込んでよいところです。国民の負担として、消費税だけではなく、保険料や年金などを含め、どれほど日本国民の負担が大きいかを説明してくれています。
この本のタイトルがかの団体と似せていることにも、通常の宗教とカルト宗教との違いということで、説明されています。苦しい状況の中で救いを求めるのは、どちらも同じ。この手法を使った商売はこの世にたくさんある。だけど……、信者(国民)の生活を破壊するのと同時に、教祖や教団幹部(主に財務省)だけが太っていくのが、通常とカルトの違いなのだとはっきり述べておられます。財務省が太るというのは、いわゆる「出世」ということですね。“公”務員が、自身の出世のためならば、国民の生活など知ったことではないというこの構図は、そもそもおかしなことであるし、今や情報は昔に比べて非常に開かれている状況なので、そろそろ彼らのためにも是正していかなければならないのではと思っています。きっと誇り高きザイム職員の方々にとって、向けられる白い眼がどんどん増えていくことは、なかなかに耐え難いことなのではと。
他にも、ザイム真理教と大手新聞社との関係や、大手メディアの力、国税庁という武器、森友学園問題についても、その内情について森永さんの知るところが書かれています。大手新聞社や大手メディアの力というのは強いのは、人はどうしたって“情報”を元に行動するためであり、その情報源をこの大手に頼っていたから、どうしたって彼らの力は強くなるという構図です。ただ、今や大手メディアを信頼するのは高齢者に偏りを見せていますね。私はこれをもって、高齢者の方々を責めようなどとは思いません。それというのも、私自身も年を重ねて来たからなのかなと思いますが、人生の大半を大手メディアとともに過ごし、それが日常と共に在るものなのだとしたら、それを今さら変えろと言っても簡単には変わらないものでしょう。誰だって、人は“安定”を好み、“変化”を嫌うものです。ましてや高齢者となれば、更にその上の方から何か言われれば、その言葉を聞く耳も持てるかも知れませんが、多くは自分よりも年下の人からの意見であり、果たして自分よりも年下の人の意見を素直に聞くことができるかというと……なかなか難しいのではないかなと思います。これは別に、高齢者に限ったことではなく、誰だって自分よりも年下から、ちょっと生意気な感じで間違いを指摘されれば、素直に言うことを聞けるものでしょうか? たとえ相手が正解を言っていても、素直に首を縦には触れないもの……それが人間の心というものじゃないかなと思います。
目上の方に何かを伝える時に最も大事なものは、敬意でしょう。唐突に喧嘩腰に何かを言ったところで、相手は聞く耳を持ちません。ただただムッとなって、耳を塞ぎ、それ以降一切その人の言うことなど聞かないほどの頑固さを持ってもおかしくはないです。本気で何かを伝えたいと思うのなら、相手の方の人生に寄り添うくらいの情を持って接するのが良いのかなと思っています。この方法を、悪い人が使うと、懐柔するということになりますね……。
森永さんはこの著書の中で、石油ショックと財政再建元年ということで、当時のことのあらましを書いています。石油ショックとは誰もが学校で習ったであろう、あの石油ショックです。トイレットペーパーを買う主婦たちの写真がよく出されますよね。この時の不況対策で、大きな額の国債発行が必要となりました。そしてこの国債、大部分は償還期限が10年ということで、1980年代初めに国債の大量償還が始まるのですが……ここをきっかけに、「償還の財源を確保しなければならない、歳出カットと増税をしなければならない」というマインドになってしまったという……。
いかにも、目先のパニックで、全体を見失ったという典型だなと、今ならそのような見方が冷静にできます。これが大間違いであり、ここが財政再建元年と森永さんが言う時期です。
国債の元本は返済しないといけない……わけではない。
借り換えで問題なし。また10年後に先送りすればよい。
何故か。
国は、会社とは違うから。
国は、永続することが前提だから。
たったこれだけの真実で、国の借金がーという悲鳴が馬鹿らしいものとなってしまいます。(そもそも借金じゃない)
……もう、いい加減にこの世に“嘘”を蔓延らせるのは止めにした方が良いでしょうし、命がけでこの本を世に送り出してくださった森永さんの想いに応えるためにも、私たち国民は一人でも多くこの本を手に取った方が良いと思っています。
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